猿啼奥出雲集

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うらがるる松風ばかり残るらむ月は遥けき面影にして

思ひぬる昔の人は訪れでただいたづらに花は散りけり

雪まぜに心みだれて今日もまた見果てぬ夢に枕濡らしつ

うらみても人は絶えなむ知りながらそれでもまつの風のみぞ吹く

明けにけり灯火の影はうち消えてみじかき夢も結ぶことなく

三十日月砧はとうに尽き果ててなれど今宵は涙絶えせぬ

かりそめの田の面の人は秋風か今日はいづこの稲穂吹くらむ

紫陽花によそふるつゆも知らぬ間にかれてむなしき夏の恋かな

夢見てもやがて消ぬべき露なればやむことなかれ夏の村雨

忘れなむ昔の人の音絶えて夕暮れとほく匂ふ橘

春の夜の絶えて雨音なかりせばものは思はで暮るるものかは

こほり雨月の桂も霜枯れてなほ結ぼほる片敷の袖

蓑虫の身のおく人もなきままにいかが過ぐらむあなた吹く風

セーターに残るむかしの移り香は編むことかたき恋のおだまき

うすくこき霧雨に濡る三日月のありてあらざる面影の消ゆ

降りやまぬわが身時雨に恋あせて待つもかれなむひとり木枯らし

十三夜欠けたる月にひかり置く問う人もなき野辺の白露

心には知らぬ別れもあるのかな雁りね空なる墨色の風

濡れ落ち葉傘に宿りし松虫の音に泣くけふぞ秋は果てなむ

衣打つ砧おとずれうち果てて夜に沁みいる一人すすり音

たそがれを結ぶ夕闇音もせで目離れぬ人の影にだに消ゆ

奥出雲いつもそばにとすすり泣く君にわりこむトロッコのベル